Meister's Blog自分の言葉でお伝えします。

Posted on 02.18.2013 10:57pm

オリジナリティ。

「無知の知」という言葉が昔からあるように、自分が知らないということを自分で理解することは大切なことだと思っています。

ときどき書いていますが、僕は特に料理や製菓の学校を出たこともなく、どこかで修行的なこともちゃんとした訳ではないので、そういった専門的なことはどこかで学んだことはありません。専門書やネットで調べて勉強して、自分なりに解釈して仮説を立てて、実験してみるというような流れで独学的に学ぶことが多いです。今でもそのやり方は特に変わっていないし、逆にどこかで「型」のようなものを教わっていなくて良かったなとも思います。

今の時代、アート、デザイン、漫画やゲームのような作品、音楽、料理や菓子。。。などなど、オリジナリティを求めるのは難しいものです。「○○風」とかそういう表現になりがちで、コピーのコピーにもなりがちです。
それは、色々なモノや出来事が重なって今があって、さらに情報化社会の今となってはそれらの情報が集め易くなっているので、しょうがない部分もかなりあるように思います。

だから、古典を大切にしつつ変化を付けるようなオリジナリティが多いような気もします。
逆に、斬新で奇をてらったようなものもいつの時代もありますが、それはそれでちょっと違うように感じてしまいます。

話が戻りますが、「無知の知」とは実は新たな可能性があるのかもしれないなとふと思いました。
僕のように何も知らないところから、「型」的なものを学ばず、仕上がりのイメージと科学的な要素や理屈から入って独自で何かを始めると、結果的に「型」にはまったとしても、それはちょっと違うものになるはずだ。と言うのが、ふと思い付いた理論です。

例えば、「パウンドケーキは小麦粉、卵、バター、砂糖を同量ずつ使う。」とされているので、美味しいパウンドケーキを作ろうとすると、じゃあ、小麦粉やバターにこだわって美味しいものを作ろう!と思ってしまいます。
ついつい、もう出来上がっている「型」があるから、そもそもなぜ同量なのか?と疑うことを忘れてしまいがちです。パウンドケーキはこういうもの。と先に出来上がり図みたいなものがあると、天の邪鬼な僕は何だか面白くありません。

知らないながらに、右往左往しながら勉強しつつチャレンジしていくと、新しい発見にワクワクしたり(例えその発見が当たり前のことであっても)、体感的に理解していくことができます。そのプロセスが楽しいのが一番良いことだと思います。

と言う訳で、今年はちょっと長いスパンで勉強しつつ試したいことが出来たので、次の冬には形に出来るように少しずつ勉強しながら、作りながら形になるかやってみようと思います。アイデア的にはなかなか面白くて、可能性もありそうな気はしています。

そう言えば最近、「型破り」とは「型」があるから破れるんだよ。と言うような話をどこかで耳にしたような気がします。