Meister's Blog自分の言葉でお伝えします。

Posted on 02.04.2015 4:47pm

サステナビリティ。

「ロハス」とか「サステナビリティ」みたいな言葉が少し前に流行っていた気がするけれど、最近はそこまで使われなくなった。
僕も意味合い的には大切なことだと思っていたけど、ちょっとした流行言葉みたいな風に使われていたのはちょっと寂しかったように覚えている。

でも、この数年間、時間を見つけて色んな産地や生産者の元へ伺ったり、デンマークの自然エネルギーの島に行ってみたりすると持続可能性という意味の「サステナビリティ」という意味について感じることが多いし、自分との関わり方みたいなものも考えるようになった。

この前伺った、徳島の神山町の活動、昨年からお世話になっているマカリバリ茶園の活動なども同じで、環境に対して、その地域に対して、そこにいる人たちに対してまさにサステナブルな社会作りを実現しようと努力されている。
じゃあ、僕たちに何が出来るかと考えた時に、現地に行ってどうこうということはなかなか難しいけど、素材として適切な価格で購入するということ、そして、より美味しいジェラートを作るということでも、ほんの少しでも何か力になれている気がするなと思うようになった。

よく、こんな良い素材を使っているから売価も高いんですよ。ということを目にする。
僕たちも○○産のとか、誰々さんが作った何だとか説明することも多い。それは安全性という意味合いもあるし、良い素材だというアピールでもある。
でも、時々ふと、高い素材だから高く売るということが果たして良いことなのだろうかと思う。

それは、その素材を作っている人の努力であって僕たちの努力ではないからで、僕はその素材を使わせてもらってより美味しいものを作るのが仕事で、その分の価値を価格に転嫁して価値を作っていかないといけない。

継続的にお店を続けながら、そういった活動をされているような素材を継続的に使うということが僕たちのようなお店にとっての一番のサステナブルな関わり方なんじゃないかなと思う。
値段が高いものもあるけど、それだけ美味しいことも多いし、例え売価が高くなっても、購入していただけるような味作り、店作り、ブランディングをし続けることが僕たちがやるべきことなんだろうなと最近より強く思うようになった。
そう言えば、この前伺った和三盆のところでも同じようなことをおっしゃられていた。

善意でなく、より美味しいジェラートを作るということが一番にあって、良い素材を探していたらたまたまそうだったということが好ましい。
実際、色々探しているうちに辿り着く素材というのは、サステナナブルなことを必ず行っている。きっと、自然と対峙するようなことを生業にしている人が行き着く考えというのはある程度決まっているのかもしれないなとも思う。
自然の恩恵を受けさせてもらっているというように考えるのが当然なんだろう。

お店を始めた頃と比べると、原価は随分高くなった。
原料価格が上がったということもあるけど、最初の頃使っていた素材で継続的に使っているものはあまりない。より美味しい素材を探し続けていると、自然と戻れなくなり、より良いと思うものに限ってだいたい高い。
でも、美味しいものを作り続けるというのはこういうことなんだろう。より美味しい素材を探し続けること、より美味しい製法を模索し続けること。
100点というゴールがないようなもので、終わりがない。それでも、僕たち作り手は限りなく100点に近きたいと日々努力していくものなんだろうなと思うようになった。

もうすぐ5周年。
たかだが5年だけど、東京で街のジェラテリアで5年ということはなかなか立派なことだ我ながら思うけど、良い節目になるといいな。