Our Partners生産者の方々をたずねて。

Posted on 11.23.2018 5:33pm

梅の里

「梅」の文化は、とても不思議だ。梅は、僕たち日本人にとって、幼い頃からとても馴染みがあるが、梅について外国人に説明しようと思うとなかなか上手くいかない。英語でいうとプラム。でも、プラムとは違って熟しても果肉に甘みは出ないばかりか、生ではほとんど食べることができないくらい、酸味とあくが強い。

梅は僕たちの生活と密接に関わっていて、おにぎりやお弁当に必ずと言っていいくらい梅干しが入っているし、居酒屋のメニューとして梅酒は定番である。そういえば、家では母が毎年、梅酒を漬けていたのも思い出す。今でも料理の味加減を「良い塩梅」と表現するように、梅干しを作る過程で出来る梅酢を調味料として使われていたのが元となっている。そういう意味でも料理と梅の関係もまた深いものがある。

梅干しは黄色く熟した梅を塩漬けした後、日干しにしたもので、クエン酸が多く含まれ、非常に酸っぱい。さらに塩漬けしており、塩分が20%程度含まれていて非常にしょっぱい。すごく酸っぱくて、すごくしょっぱいので、酸っぱいのかしょっぱいのかどちらか分からなくなるくらい個性的な食べ物と言える。

一方、梅酒は熟す前の青梅を氷砂糖と蒸留酒に漬け込んで作られる。漬け込むだけで簡単なので、家庭で作られることも多いくらい、梅酒はとても日本の文化に根付いている。生では到底食べることができない青梅をお酒に漬け込むだけでこれほど甘美な香りを有するお酒に変化するのは本当に不思議だなぁと改めて思う。

こうやって同じ果樹から大きく分けると「梅干し」と「梅酒」の2種が作られる。

和歌山は梅の産地として有名で、特に今回伺ったみなべ町は南高梅という大粒の品種が発祥で、梅の中でも最高品種とされている。果肉が大きく、柔らかいのが一番の特徴で、香りがとても良い。この香りの良さをどう形容すれば良いか上手く言葉が出てこないのだけど、これまで数十種類の果物と向き合って、ジェラートにしてきた中でも、これほど爽やかで奥行きのある香りを発する果物を他に知らない。

みなべ町は、和歌山県の中ほどに位置しており、西には海、東には山という風に、海と山に挟まれた町だ。もう少し東に行けば、世界遺産の熊野古道があるし、山々の間に小さな温泉街が幾つもある。こういうところに来ると日本と言う国が山に覆われた国であることを再確認させられる。

案内してくれた梅農家の中松さんにみなべ町から熊野古道まで色々連れて行ってもらった。道すがら、この町のこと、梅のこと、中松さんのことなどいろんな話ができた。和歌山は70%が山林であるので、行く先々は山ばかりだけど、標高が高い山が沢山あるというよりはとても深い山が連なっている印象で、昔から自然崇拝の地であったとされているように、ひしひしと自然のエネルギーみたいなものが感じられる場所だなと感じた。川が沢山あって、渓流が見るからに気持ち良くて温泉が本当に沢山あるので、あの辺りを手で掘ると温泉出てきますよ。みたいな話も教えてもらった。

みなべ町は本当に梅しかないくらい、山が梅の果樹で包まれていて、見渡す限り梅の木しかない。観梅も盛んで、ちょうど伺った1月から2月くらいは観光用の梅林が解放される時期でもあった。観光用と言っても、ちゃんと果実が採れる梅林で一般に解放されているそうだ。あたり一面、梅の花という光景は圧倒的で、山が白とピンクが合わさった梅の花の色で覆われる、本当に素晴らしいものだった。こんな絶景を毎年見れるのは生産者の特権とも言えよう。

梅の収穫期は、6月〜7月あたりが最盛期で、この時期になると、会社勤めの人も会社を休んで家族総出で梅の収穫をする。それだけ、この町にとっての梅はとても大きな存在と言える。

梅農家の一番の出荷先は、梅干し用の梅だ。収穫した完熟梅を白干と言って、塩漬けにして天日干しにしたもののことで、この白干を作るところまでが梅農家の仕事である。この作業を収穫が終わればすぐに取り掛かる。

昔は梅干しと言えば、この白干のことを指していたが、現代の世の中には、昔ながらの梅干はあまり好まれず、塩抜きして蜂蜜で甘くして食べ易くしたものやカツオや昆布などで味付けされて食べ易くなったものが好まれる。それでも不思議なもので、カリカリ梅や種を抜いた状態で少し甘くした梅のお菓子は今の子供にも人気である。梅はいつの時代でも形を変えて日本人の生活に密接に関わってくる。

それでも、食習慣が変わったこともあって、梅干しの需要は年々落ちているそうだ。そこで梅農家の中松さんは、新たな試みとして生で食べて美味しい完熟梅を作り始めた。生では食べることができない梅を樹上でギリギリまで熟させてから収穫し、触るとすぐ崩れるぐらいトロトロまで完熟させることで新たな梅の可能性を見出した。

梅酒を作る時に現れる香りと青梅の酸味を併せ持った素晴らしい状態の完熟梅である。これをジェラートに使わせてもらうことになったのだけど、これがまた最高に美味しい。元々、果物のジェラートには酸味がないよりあった方が絶対美味しいし、好みの問題もあるが酸味がしっかり効いた果物の方が美味しく感じることが多い。完熟梅の酸味と香りのバランスの良さは一度食べただけでも鮮明に記憶に残る風味だと思う。

僕が中松さんの果樹園と梅のことを教えてもらって感じたのは、梅を作る工程というのは一つの完成された世界と言うか、循環みたいなものだということ。
秋から冬にかけてはひたすら剪定という作業があって、間引いて大きな果実を作るための大切な作業で、これを1本1本かなりの量を剪定していかないといけない。この剪定の方法で日の当たり方、育ち方大きく変わってくるのでとても大切なことだそうだ。そして、剪定が上手くいったかどうかは、1年経ってどのように育ったかで結果を見るしかない。壮大な試行錯誤を毎年繰り返して自分の感覚と経験を積んでいくしかない。

1本1時間はかかるそうで、それが何百本とあるので果てしない作業になりうる。でも、この剪定をしないとちゃんと実がならないし、木自体も剪定せずに放置すると数年でダメになってしまう。なので、その剪定された枝の量も膨大で、この剪定された枝は堆肥となりまたその土地に還っていく。ゴミになるようなものはなく、全てがその土地に還元され、また新しい植え付けがされ、一つの木が40年以上実を作り続ける。

そうやって、全てが上手く循環する手助けを農家の方がしているような印象を受けた。野に自生しているものも自然であると言う人もいるかもしれない。でも、人が良い具合に梅たちが気持ち良く育つように導いてあげているような、優しい感じがとても自然に感じられた。

ちょうど剪定が終わったところで、そんな木々を見ていると、とても立派で、誇らしく、気持ち良く春を迎えるぞ!というような表情をしていた。綺麗に剪定された木々はアート作品のようにも見える。

この数十年間、収穫期に休んだことは大きな洪水があった数日だけで、あとはどれだけ大雨が降ろうが、台風が来ようが当たり前のように収穫するそうだ。

果実が熟したら収穫する。ただ、それだけのシンプルな生活がそこにある。