Our Partners生産者の方々をたずねて。

Posted on 04.22.2019 11:21pm

奥出雲の牛たち

子供の頃、牛乳が大好きで、白いご飯を食べる時も牛乳を飲んでいた。毎日1リットルくらい飲んでいたそうだ。おかげ?で僕は小さい頃から結構、骨太である。でも、一般的には大人も子供も牛乳の好き嫌いは結構分かれるところで、飲めないくらい苦手という人もいれば、僕のように大好きだという人もいる。それとは別に、アレルギーや乳糖不耐症で飲めない場合もあるので、取り扱いの難しい食品と言える。お店でも、スタッフの半数くらいは牛乳があまり得意でなく、ミルク味のジェラートもあまり好きじゃないという人もいるくらいだ。

とはいえ、ジェラートにはやっぱり牛乳が不可欠だ。ジェラートは大別すると、ミルク系とフルーツ系に分けて作っているが、ミルク系は全フレーバーの半数以上を占めている。そして、ミルク系フレーバーの材料の60%以上は牛乳だ。牛乳好きも相まって、色々な牛乳を試してきたし、旅行に行けば、日本でも海外でもそこに売っている牛乳を飲む習慣がある。牛がいれば見に行くし、牛乳への興味は尽きない。ただ、商売的には使う量も多いし、流通面や価格などをシビアに考えないといけない素材でもある。

お店では低温殺菌牛乳しか使わないということは決めているが、今でも産地やメーカーなどを試行錯誤しながら色々なものを試している。例えば、牛乳味のジェラートを作る時には牛乳らしい美味しさを、チョコレート味のジェラートを作る時はチョコレートの美味しさを考えて作る。ただ場合によっては、牛乳感が他のフレーバーを邪魔してしまうこともある。牛乳らしい美味しさが全てのフレーバーに適しているかと言うと、必ずしもそうではないのだ。

また人が口にする生鮮品である以上、安全性は第一に考えなくはいけない。牛が生活する場所は、どうしても雑菌が入りやすい環境なので、必ず原乳を殺菌してから商品する必要があるからだ。殺菌方法には、大きく分けると高温殺菌・低温殺菌という2パターンある。より厳密に言えば、低温殺菌の中でも殺菌温度によって2つ、さらに脂肪球を均一化(ホモジナイズ)するかしないかという違いで2つのパターンに分かれる。これらの加工方法は、風味と栄養素に大きく影響するのだが、一般的にはあまり知られていないし、現在の日本においては低温殺菌牛乳自体がまだまだ少なく珍しい扱いとなっている。

ジェラート職人なので、こういう基本的な知識はもちろんある。でも、世の中には知らないことの方が多いもので、牛乳についてこれ以上のことは詳しく知らなかったのも確かだ。当たり前だけど、僕らが普段目にする牛乳はパッケージングされて売られている商品なので、生鮮品という認識があまりなかった。牛がどこにいて、どれくらいの大きさで、何を食べて、どうやって暮らしているのか、どれくらいの牛乳をどうやって出しているのか。そんなことすら全然知らなかった。今回、出雲地方の木次乳業を訪れることにしたのは、実際に牛が育ち、牛乳が作られている環境を見て、ジェラートの素材としての知識を深めようと思ったからだ。

木次乳業とのおつきあいが始まったのは、偶然のきっかけからだった。普段はバランスを考えて那須の牛乳を使うことが多かったのだけど、2011年の東日本大震災が起こった時に流通が止まり、牛乳が届かなくて困っていた。その時に知り合いのジェラテリアから紹介してもらい、難を凌いだことがあったのだ。そういう不思議なご縁がありながら、まだちゃんと試したことがなかったので、改めて木次乳業の牛乳を試そう!ということで、出雲まで木次乳業の見学に行って来た。

出雲は、島根県東部に位置し、日本人のルーツの地とされていて、日本書紀や古事記に記されている場所が今も尚、大切に守り受け継がれている。出雲というだけあって、晴れ間に現れる大きな雲が流れ、雲から差す光がとても印象的だ。まさに、神秘的という言葉がよく似合う土地だった。

木次乳業は、出雲地方の中でも中心部から南へ下った山深い豪雪地帯にある。こんな山の中でどうやって酪農をやっているんだろうか?と、誰もが不思議に思ってしまうことだろう。木次乳業の創業者の佐藤忠吉さんは、50年以上前から有機農法に取り組んで来られた草分け的な存在だ。名刺にも自分のことを「百姓」と名乗っているくらい、牛たちが食べる牧草も、自分たちが口にするもの全て、有機農法で作られている。日本で初めてパスチャライズ牛乳(低温殺菌牛乳)の開発、販売に成功した方でもあり、現在は100歳にして会社の相談役として尚、活躍されている。頭が下がるばかりだ。サステナビリティという言葉がここ最近になってよく使われるようになったけれど、彼は50年以上も前から実践し、今も尚、最初の意思を継ぎ、ほんの少しずつ、自分たちの目指す地域の在り方、生産の在り方を追求している。

“乳業”と言っているものの、木次乳業はただの乳製品メーカーではない。元々は自給自足できる小規模多品複合経営を目指していて、地元の中で酪農、乳業、農業などが循環するよう様々なことに取り組んでいる。今回は、その一つの奥出雲葡萄園も案内していただいた。市場にはほとんど流通できない量のワインを生産していて、自分たちの地域で消費できる量プラスアルファくらいしか作らない。クオリティを第一に考え、できる範囲でしか作らない。イタリアの地方では、同じような発想で農作物やチーズ、ワインなどを作っている。それに近い考えで、本来、酪農や農業、その加工品をそれくらいの規模で循環させる方がクオリティを保てるし、世の中にも評価されてくるのではないかと思う。

今回、案内していただいた日登牧場は直営の牧場で、山の頂に牧場がある。急斜面の山間を少し小ぶりな茶色い牛たちが元気よく駆け巡る姿にまた驚く。こちらは日本で初めてブラウンスイスというスイス原種の乳牛の牧場で、60頭ほどのブラウンスイスを放牧している。ブラウンスイスは、子牛は白い毛並みをしているのだけど、大きくなるにつれ茶色くなっていく。骨格がしっかりしていて、スイス原種というだけあって、足腰が強く、山に適した牛である。ブラウンスイスの牛乳はホルスタインよりも乳脂肪が高く、無脂乳固形分も高いのでコクがある。この地で自給で酪農をやろうと山地酪農を始めるために導入された牛で、20年くらい経った今、ようやく土地にしっかり牛たちが馴染んできた感じがすると話されていた。

牛たちの目がとても穏やかで優しくて、お世話をしている皆さんもまたとても優しい。自分たちが育てている牛たちが大好きで、色々なお話をしてくれた。話を聞くだけでも、人・牛の両方にとって良い環境なんだということがよく理解できた。「牛も人間と同じなんだよ。」とお世話をしていたおじさんが、食べ方を教えるために子牛の口の中に素手でグッと餌を突っ込みながら、話してくれたことがとても印象的だった。子供を産んだら母乳が出るし、ストレスがあり過ぎると疲れてしまうし、メス同士で喧嘩もするし、はみ出し者もいる。でも、それはしょうがないことで、子育てと一緒で、何でもかんでも人が面倒を見れば良いというものではない。多少のストレスや負荷があるのが当たり前で、そうやって育っていくものだ。栄養がある美味しいものを食べて、飲んで、よく運動していればいい。そうすれば、美味しい牛乳が自ずと出てくるのだ。

ついつい人間が牛より偉くて、牛は牛乳を出す道具という風に思ってしまっている部分があったなと反省させられた。人間もまた牛と同じように、ストレスがあり過ぎると病気になるし、美味しいものを食べて、運動して、ちゃんと寝ていれば元気でいることができる。確かに、人間と牛の大きな差なんてないのかもしれない。今回の訪問で一番印象的だったのは、そんな牛たちを見守るおじさんの優しい姿だった。