Our Partners生産者の方々をたずねて。

Posted on 08.22.2019 12:29am

最南端のパイナップル。

日本ほど四季折々の果物が楽しむことができる国はあまりないのではないだろうか。 さらに素晴らしいところが、日本には奄美大島や沖縄、小笠原諸島など亜熱帯に属する地域があることで、パイナップル、パッションフルーツ、バナナやマンゴーなど、国産の南国フルーツまで楽しむことができることだ。
その中でも、パイナップルは特に貴重である。

日本に流通しているパイナップルの99%はフィリピンなどからの輸入ものである。 輸入する場合、日本に届くまでの時間を考えると、どうしても固い状態でないと果肉にダメージが出てしまうため、かなり早い段階で収穫しなければならず、その熟度は20〜30%程度であると言われている。 そして、パイナップルは追熟しない果物なので、収穫したタイミングが最大の熟度となる。

一方、今回伺った西表パイン園のパインはほとんど100%に近いくらい熟すまで樹上で熟させたものしか出荷しない。完熟であるパインの糖度は20度くらいあって、香りもとても豊かだ。時々、沖縄旅行に行った時に食べたパインがとても美味しかった!という話を耳にするが、それもそのはずである。

もしかすると、ジェラート発祥のイタリアでも完熟パインが手に入ることはないだろうから、美味しい完熟パインのジェラートを食べることができるのは世界中で探しても日本だけかもしれない。 それくらい、貴重である。

今回お邪魔した西表島は東京から直行便でも3時間以上かかる石垣島から、さらに船で50分ほどかかる距離にあって、ほとんど日本の最西端に位置する人口2400人の沖縄県八重山郡に属する地域にある。 島自体が国立公園に属しており、島の90%はジャングルで、雄大な自然に覆われた島だ。見た事がない巨大な植物が生い茂っていて、南国特有の鮮やかな花々が咲き乱れている光景に圧倒された。こういう亜熱帯の地域に来た事がなかったこともあって、環境によって植物の種類や育ち方がこんなにも違うものだと感心した。

そして、人もまた育った環境によって大きく感じ方も変わってくるんだろうなと思った。僕たちも幼い頃に感じた物事が大人になってからも影響しているようなことって多々あるのだろうと思う。
今回訪れたのは西表島の北部にある西表パイン園の川満さんはパイン農家の2代目である。 西表島には中学校までしかなくて、高校に行くタイミングで全員が島から出て、主に石垣島で寮生活を始めるそうで、そのまま西表には戻らない人も多い。川満さんは所謂、転勤族で全国各地を転々としていたそうだが、家業であるパイン農業は最盛期である6月には地元に戻って手伝ってきた。そして、島を出て30年経った時に島に帰りたくなったそうだ。

1956年から先代がパイン農家を始めて、当初は今のように流通が発達しておらず、フレッシュなパイナップルを本土に送ることができなかったので、缶詰の加工用に生産するのが主流だった。 その後、流通が発達してきた時に生食用の完熟パインを作り始めた。川満さんは1995年にウインドウズ95が出た時、インターネットの可能性に驚き、独学でホームページを作成して、当時ではかなり画期的なことだったと思うが、インターネット販売も翌年1996年には始めたそうだ。

国立公園に指定されている地域にあるジャングルの中にポツンと切り開かれたパイン畑が点々としていて、ちょうどパイナップルの最盛期である6月中旬に伺ったので、パイナップルが成っているところや収穫し終わったところを案内してもらいながら、川満さんから西表島のことや島に帰ってきた経緯や島で採れる果物の話を聞いた。

川満さんは無農薬で5品種ほどのパインを栽培されている。当たり前だけど、パインにも品種があって、風味がそれぞれ異なる。どんな果物でもそうだけど、パインはパインと思いがちで、品種によって風味が違うことなんてあまり知らないものだ。 パインは苗を植えて果実を収穫できるまで2年かかる。そして、品種にもよるのだが、1年しか収穫できず、収穫したら重機を使って土をひっくり返して雑草を生やして3,4年間土地を寝かせて、またその土地に苗を植える。ということを繰り返す。 つまり、パインを作るには広大な土地が必要であるということだ。そして、西表島は国立公園に指定されたため、今後はパイン畑を新たに作ることはできない。 あまり他の果物でこういった栽培方法のものを知らないので珍しい作り方の果物であるとも言える。

川満さんのパインは完熟ゆえに、収穫から配送までの時間を出来る限り短くする必要がある。熟したパインは果肉が柔らかいので、長時間、常温で置いておくと腐り易く傷み易い。 だから、朝6時には収穫を始め12時には石垣島行きの船に乗せ、その日のうちに石垣島から飛行機に乗って東京までやって来る。 なんという道のり。。。

僕の生産地に行く目的はその素材が作られている環境を見ることや生産者に会ってお話することが中心ではあるが、普段、ラボに引き篭もってジェラートを作っているので、距離感みたいなものを確認する意味もある。 物理的な距離感もそうだけど、社会と自分との距離、世界と自分との距離を何となく測ることが出来る気がして、僕にとっては生産地に訪れることはとても大切なことになってきた。作り続けること、商売を続けることは思っていたよりエネルギーが必要で、僕にとってはそれらの距離感を良い状態で保ち続けることが大事なように感じている。

自分たちが作ったジェラートをお客さんに食べてもらう。それはシンプルなことのようだけど、そこには多くの人たちが関わっていて、同じ日本でもこんなにも遠いところから送っていただいていて、よくよく考えると壮大なことでもあるなと思う。

生産地に訪れるたび、生産者に会うたび、「日本人は勤勉である」と昔からよく耳にしていたことを思い出す。彼らの美味しいものを作ろうという意思と日々の努力を目の当たりにすると、その意味がよく分かる。 僕がどうすればもっと美味しいジェラートを作ることが出来るか考えるように、生産者もまた常により美味しい果物がどうすれば作ることができるかを考えてチャレンジしている。

それは、日本人が持つ性質みたいなものなのかもしれないけど、確実に日本の美味しいものを底上げしている要因と言える。 だから、それらを使わせてもらっている僕たち作り手もまた手を抜くことなんて到底できない。

日本には四季折々の果物があって、それぞれの果物が多品種で構成されており、さらに毎年のように品種改良をし続けている。他の国のことは詳しく知らないけれど、こういった国は珍しいのではないかと思う。 これだけ豊富な果物に恵まれ、素晴らしい生産者に恵まれている日本でジェラートを作ることもまた、多様なジェラートを作ることができるということ。

そんな日本でジェラートを作る意味みたいなものをホテルから見た曇り空の海景色を見ながらぼんやり考えた。